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畑恵 ブログ

畑恵のブログです

第18回 教育賢人会議 議事録

第18回 教育賢人会議 議事録
文責(小山、大熊)

1. 日時 平成26年11月1日(火)15時00分~16時30分
2. 場所 文部科学省 10階 木村顧問室
3. ゲスト 元参議院議員作新学院理事長 畑恵
4.議題 人間力の養成を中心とする教育の在り方について
5. 議事要旨
(1)畑恵 理事長の説明要旨
作新学院が目指す教育とは)
(イ)本日は良い機会を頂いたので、初等.中等教育を中心に現場に携わる者としての体験を踏まえて、率直な意見を申し上げて責めを果たしたい。
(ロ)作新学院は、今年130周年を迎えるが、創立者の船田兵吾は、北関東の地にあって、グローバルなエリートを育てることを目的として学校を設立した。
(ハ)「大学」の中に「作新民」という言葉があり、新民を起こすという意味で作新民と表現した。その民をとり、作新と校名をつけた。
そのような創立者の理念を体して、世界に開かれた学校を目指している。
(二)作新学院は、最近、スポーツ特に水泳や野球で有名になっており、その中でも水泳では萩野が各種の競技でメダリストになり、しかも最高の栄誉であるMVPにも選ばれている。同君はスポーツだけではなく、勉学でも優れている。
(ホ)それというのも、学校としては、人間力の教育に重点を置いて、学生を指導しているからだ。
(へ)そもそも「大学」に書かれている教育の根本は、「人作りなくして、国作りなし」ということであり、修身を中心に、誠心、誠意を養い、もって国を治めることにあるとされる。
これが、成って初めて、人が育ち、国が栄え、世界が成り立つと考える。
(ト)私どもは、人作りは、知育、徳育、体育、食育が柱であり、それは学生時代だけではなく、卒業後も更に未来までそれを学び続けるよう督励している。
(チ)教育の三つの力は、
人間力
② 教員力
③ 家庭力
であり、この3つの力が一体となって初めて人間を育てることが出来る。
学校だけでは出来ないのが教育である。
(リ)人間力とは、作新民に由来する作新学院の教育理念にもあるとおり、新しい時代を自ら創造し、切り拓いてゆける人材である、その延長線上にあるのがグローバル人材である。
スポーツを重視するが、文武両道の活躍を奨励しているが、その両方の力で社会に貢献して改めて価値があると考えている。
(ヌ)武(スポーツ)で成果をあげるには文を通じて人間力を養わないと駄目。武のみで評価するのは間違いで、学問抜きでスポーツカを高められず、したがって社会の役に立たない。
文・武・社会貢献の三要素バランスのとれた総合育成が大切。
(ル)私どもが目指す人間力には5項目ある。
①想像力=新しい未来は自分達で作ること
②国際力=英語で自分の考えを表現し、相手を説得できること
③あきらめないカー途中で投げ出さないこと

(2)(以上の教育を実現するために望まれること)
(イ)教員力・教育力の向上
人間性豊かな人材を育成するためには人間性豊かな教員が必要であるが、多くの場合は教員の人数が問題にされ、クラスの人員をどうするかが語られる。
本来は、教員の量より、「質」の充実が急務である。
人間力豊かな人を育てるには、教える側の人間力が豊かでなければいけない。学校を出てすぐに先生になる。したがって社会のことを知らない人が多い。
(ロ)教師を育てる師範学校のような制度も必要であるが、昔のままでは適切ではない。さりとて、今の状態の延長線上で考えては駄目である。
社会での経験ある人を採用し、そういう人のカリキュラムを重視すべきだ。
(ハ)作新の高校生の中に医学部を目指す学生が多い。世の中に貢献出来るのは医者との思い込みによるものと思われるが、要するに将来の可能'性にもっと色々あるという夢がないためだ。
(二)もう一つは、両親の生きざまを見て、大変そうなので、医者になりたいと言う学生も少なくない。
(ホ)学生が教員になりたくなるような待遇も必要だし、社会的に評価される仕事であるという世論作りも大切である。
教員の資格をとる学生も居るが、教師になりたいというよりも、取り敢えず資格をとっておくという学生も少なくない。
(へ)待遇に反映させる評価システムも望まれるが、評価すると評価する人間が責められたり、又高い評価を受けた人に対するやつかみも生まれる。
そもそも評価は、教育サービスを受ける側の立場に立って行なわれるべきもの。
(ト)先生には、タイムカードがない。タイムカードと関係なく、本当に頑張る先生も居て、その人を評価したいが、頑張る人の足を引っ張る人間もあり、難しい。
(チ)なにはともあれ、一番大切なのは、家庭である。家庭で良く育ち、その根をもって教育にすれば、子どもは大きく育つ。その意味で、「親育て」が必要な時代である。
(リ)教育は各段階での教育の積み重ねであり、全ての段階での教育が全うされて、完成するもの。
(ヌ)幼稚園も経営しているが、幼稚園の時代に優れていても、上の段階に行くに従って、次第に生命力・人間力が失われて行く。子どもだけでなく、先生も目の輝きを失って行く。
(ル)例えば、大学生でもテニヲハが出来ず、分数の計算も出来ない。大学卒業後の学び直しが指摘されるが、そんな学生にとっては無駄な話しで、むしろ初中等教育時代に教育すべきだ。
(ヲ)現場からの声に耳を傾けていただき感謝致します。

(3)以上のご発言に続く意見交換
(イ)現場の実情を踏まえた良い話しで、今後の検討に大いに役立つお話しでした。
(ロ)教育力の話しが出たが、確かに教室の学生数の議論ばかりが目立つ。昔は60人教室でも教育力は高かった。
(ハ)家庭の教育はご指摘のとおり大事なことで、文科省や中教審でも議論したが名案がない。
(=)作新学院は地域とのつながりが強い。ところが、学生が社会活動をしようとすると、学業にマイナスと批判する人が居る(畑恵 先生)
(ホ)その弊害を取り除くには、入試にボランティア活動の評価を加えるのも一案。
(へ)(畑恵 先生)入試改革と学習指導要領の改正が別々に行なわれ、両者の問にズレがある。変わることで混乱が生じ、困ることもある。
(ト)入試は変えても、学習指導要領を変えず、昔のまま引きずっている。
(チ)教科の話しになると、哲学を科目としていないのは日本のみ。哲学教育をしっかりやるべきである。
(リ)(畑恵 先生)制度論議がかまびすしいが、どんな人間を育てようとしているかが重要である。
(ヌ)教員力を上げることは言うべくして容易なことではない。少人数教育が良しとの前提で議論されるが、その前提は、少人数室にす
ると、教育力は高まるということだ。
果たして、そうかどうか。
東京都の例では、国語力を高めるために2億円の予算をつけ、密度の濃い授業に仕向けた。
その結果、レベルが高まったとの先例がある。
(ル)そもそも人間は生まれながらにして能力面で平等ではない。出来るクラスと出来ないクラスを分けるのは、決して不平等ではない。
(ヲ)作新学院の例では、中学校以上では、能力別にクラスを分けるが、分けることに批判もある。特進クラスなども三クラスに分けているが、それは創立者の考えに基づいている。
クラスを分けても、それぞれのクラスの中で子どもが評価されていることを知ると、クラス分けによる差別感は消える(畑恵 先生)
(ワ)先生の能力が問題とされるが、東京都の教員と話してみると、思った以上にしっかりしている。
(力)研究生活からいきなり教員生活に入り、ティーチング.テクニックを学ぶ機会がないことも、教育力の低下につながっているのではないか。
(ヨ)今は、その点FDで改善され、評価も高まっている。
(タ)イギリスでは、四週の講習が義務づけされており、プロが講師を務めている。
(レ)むしろ、教員を評価する評価担当者を教育する機会のないことの方が問題である。
いずれにしても、教育に関する評価は難しいものである。
(ソ)教員の中には、教育に全力をあげるが、金がかかるという経営の視点を軽視する人が少なくない。(畑恵 先生)
(ツ)専門職大学院の例をみると、生き残った所は、FDなどしなくともうまく行っている。
ハーバード大学などは、FDなどはやらず、評価は市場つまり学生の評価に委ねている。慶応大学なども、市場が評価して高い評価を得ている。
(ネ)私が関係している大学では、古典を学ぶよう指導している。
アスペン研究所もその方向を目指して設立した。
(ナ)中学生までは、リベラルアーツの勉強をさせると、親の方も理解するが、高校生になると、受験勉強の妨げになると、親が喜ばない。(畑恵 先生)
(ラ)要するに、社会が学生に最終的に何を求めているかについて、正しく認識していないことが問題。(畑恵 先生)
(ム)今の大学では、大学間、教員問の格差がありすぎる。大学に入っても中途退学する学生が多いが、特にAO入試で入学した学生の中退比率が高い。
(ウ)学長力にも問題が多い。
国家も、学校も、経営も同じことで、トップに就く人によって、その運営が大きく左右される。


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